座喜味城跡

座喜味城跡は琉球の世界遺産の一つに含まれる城跡です。かつては米軍の信号所として使われていたようです。小規模ですが湾曲する城壁が美しい城です。

本土の城とは明らかに異なる曲線とアーチの城壁。

喜味城跡

こんな曲線は本土の城郭にはありませんね。建物が残っていないのが残念です。

喜味城跡

勝連城

沖縄の世界遺産の一部になっている城跡の一つが勝連城。今帰仁城跡などと比べると規模は劣りますが、海辺に立つきれいな城跡です。

駐車場及び小さな博物館と道を挟んだ向かい側が勝連城の入り口。

勝連城入り口

勝連城にはさほどの見ものはありませんが、海の見える風景は美しいです。

勝連城と海

斎場御嶽(セーファーウタキ)

沖縄で最も来たかった場所の一つが斎場御嶽(セーファーウタキ)。沖縄の伝統的な聖所であると同時に、世界遺産にも指定されている場所です。琉球王国の王家とも深いつながりがあるところです。

斎場御嶽(セーファーウタキ)

でも女房は関心を持たず、眠ってしまった末娘と車の中に残り、上の子たち二人は、途中で見つけたイモリの方に関心があった様子。a>。

玉泉洞

沖縄には石灰岩地帯が多いので、当然鍾乳洞も存在します。でも、島だしそんなに大きなものはないだろうと思っていたらさにあらず。沖縄本島南部、おきなわワールド文化王国にある玉泉洞は結構大きく、楽しめるものでした。

玉泉洞

全長はなんと5キロ以上!その中で約890メートルが公開されています。おきなわワールド文化王国の入り口付近に鍾乳洞への入り口があり、おきなわワールド文化王国の一番奥に出口があります。入洞するには入洞料の他に、おきなわワールド文化王国の入園料も払わないといけない仕組み…ではありますが、一見の価値あり!

大石林山 ソテツとイルカンダ

辺戸岬から近いところの山中にあるのが大石林山。なんでも熱帯性のカルスト地形(石灰岩が浸食された地形)としては最北端にあるものだとか。ガイドブックの写真だと、大きな岩が一つあってそれを眺めるだけかと思って出かけましたがさにあらず。

駐車場で入場料を払うと、マイクロバスで山中へと向かいます。山中の休憩所が起点になっていて、4つのハイキングコースが設定されています。

大石林山

所要時間は短いもので30分くらい。全コース回る時間はないので、まず緑コースに入り、そのまま下の駐車場へ降りる道をたどることにしました。

大石林山

こんな面白い岩の地形が延々と続きます。植物も面白いし、結構飽きません。子どもたちも探検気分で大喜び。意外でしたがお勧めの場所です。

ゲゲゲの鬼太郎実写版の撮影に使われた木

これはゲゲゲの鬼太郎実写版映画の撮影に使われた木だとか。鬼太郎ファンの子どもたちには真似して写真撮影は欠かせません。

大石林山のガジュマル

大きなガジュマルの木。

ソテツの群落

ソテツの木の群落。

イルカンダの花

そしてイルカンダの花。イルカンダというのはマメ科の木本蔓性植物。イロカズラの琉球語がイルカンダだそうです。

ヤンバルクイナ展望台

国頭村には沖縄本島最北端の辺戸岬(へどみさき)があるのですが、この近くに鎮座するのがヤンバルクイナ展望台。一体何それ?という感じですがただの展望台ではありません。

ヤンバルクイナ展望台のお尻

何と、リアルかつ超巨大なヤンバルクイナの格好をした展望台なのです。駐車場から来ると、いきなりヤンバルクイナのお尻が出迎えです。頭は下の写真。

ヤンバルクイナ展望台

足元に次男がいるので大きさを比べてみてください。

でも一体、誰が何の目的で作ったのか…と後世の人は頭をひねるかもしれませんね。

辺戸岬

風景は抜群で、これは辺戸岬を見たところ。空気が澄んでいる日には与論島も見えるそうです。

比地大滝(国頭村)へ

今日は沖縄本島の北の端、国頭村まで足をのばしました。まず訪れたのが比地大滝。沖縄本島では最大の滝とか。

比地大滝

この滝へ行くには比地大滝キャンプ場から1.5キロほど山道を歩かなくてはなりません。道はよく整備されていて、さすが有料なだけはありますが、アップダウンが結構激しく、階段が多いところです。それでも自然の中を歩くのは良い気分。ヘゴとか本州とは明らかに異なった植物やチョウが見られます。詳しくは国頭村のホームページで。

出発点は比地大滝キャンプ場。ここに受付やインフォーメーションセンターがあります。近くで捕まえたというハブも!

比地大滝キャンプ場

途中、こんな熱帯ならではの植物も。

比地大滝

ヘゴ

道中にはつり橋も。ハイキングと言うよりはちょっとした探検気分です。

滝へ向かう道のつり橋

沖縄首里の玉稜(たまうどぅん)

玉陵(たまうどぅん)は首里城跡の近く、守礼門から外に出て少し歩いたところにあり、緑の中にたたずむ琉球王家歴代の墓所です。

1501年に琉球の尚真王(在位 1477~1526年)がその父、尚円王の遺骨を見上森陵というところから改葬するために築かれ、それから第二尚氏王統歴代の陵墓となりました。最後に玉稜に葬られたのは尚泰王で、1901年のことです。その時の様子は写真で見ることができます。

沖縄・首里の玉陵

玉陵の墓室は三つに分かれています。上の写真(合成)だと手間に見えるのは中庭への入り口の門で、その奥左から三つの入り口が確認できます。

真中の部屋(中室・汁乾室)は洗骨前の遺骸を安置する部屋です。沖縄の習慣では、遺骸は一旦骨になるまで待って、それから洗い清められ、埋葬されたそうです。

東室(向かって左側)は、創建当初には王と王妃が葬られました。西室には王の家族の中でも限られたものだけが葬られたそうです。

玉稜全体のつくりは、当時の宮殿を模したもので、石造建築です。

玉稜は沖縄戦で大きな被害を受け、かなり破壊されてしまいましたが、修復されて現在に至っています。

玉陵

玉陵の敷地内には今でも拝所が設けられているほか、ガジュマルなどの亜熱帯の木が多く、静かでほっとする場所です。

沖縄・首里城の園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)は首里城の城門を出たところ、守礼門の近くにある石の門です。通り過ぎれば何も気づかないような鄙びた門ですが、世界遺産群のひとつに指定されています。

園比屋武御嶽石門

御嶽(うたき)というのは、琉球では拝所のことを指しているようで、首里城内にも首里森御岳(すいおいうたき)という場所があります。

園比屋武御嶽は、かつて琉球王が首里城外へ出て旅をする時に、往路復路の無事を祈願した重要な場所だったそうです。

石門の裏に広がる山一帯が聖所だったようで、かつては石造りの拝殿がありました。創建は1519年頃、玉稜を造営した尚真王(在位 1477~1526年)の手によるものと伝えられています。

ただし沖縄戦で破壊され、1957年に石門の周辺が復元されています。

ここはまたまた、琉球国では最高位の神女、聞声大君(きこえおおぎみ)が即位する時にも最初に参拝する場所で、聞声大君はその後、やはり世界遺産に指定されている斎場御嶽(せーふぁーうたき)へと向かったそうです。

沖縄各地に残るうたき同様、園比屋武御嶽にも、現在でもお参りに来る人があるそうです。

沖縄 首里城の守礼門

2千円札の図柄に使われたことでも有名な守礼門は首里城の正門でした。

扁額(門の上部に掲げられている額)に「守禮之邦(守礼之邦)」と掲げられているので、守礼門と呼ばれるようになりました。尚清王(在位1527~1555)に創建されたと伝えられています。

中国からの使者、冊封使(さっぽうし)が来る時に「守禮之邦」の額を掲げ、琉球が礼節を重んずる国であることを示したそうです。それ以外の時には「首里」という額が掲げられていたとか。

かつての守礼門は沖縄戦で焼け落ち、現在の守礼門は1958年に再建されたものです。

守礼門

この付近では、琉球の民族衣装を着て記念写真を撮ってもらえるサービスが利用できます。

また、夜にはライトアップされていることもあるそうですから、首里を夜に訪れる場合にはぜひどうぞ。